2017.11.25〜26
China Rowing Open 大会レポート


中国遠征のご報告

 2017年11月25日、26日に中国雲南省昆明で開催されたChina Rowing Open Regattaに、一橋大学端艇部の男子エイトクルーが出漕いたしました。遠征中やレース時の様子について、報告いたします。
 今回の遠征は、引率してくださった季武先輩(H24卒・監督補佐)をはじめとする多くのOBの皆様、現地で通訳をしてくださった大学生ボランティアの皆様など、本当に多くの方のご協力のもとで実現したものです。誠にありがとうございます。この場をお借りして御礼申し上げます。

空港での集合写真

1.China Rowing Openとは

 今回、一橋大学端艇部が参加したChina Rowing Openは、今年で3回目を迎える大会で、中国国内のRowingの普及を狙ってDeep Dive Rowing Clubが主催して開催されているものです。第3回目となる今回は、中国雲南省昆明市西南の淡水湖で大会が開催されました。湖面の海抜は1,886mということで、かなり高地での大会でした。
 過去2回の大会では日本から京都大学が参加し、好成績を収めておりました。今回も京都大学が参加する予定でしたが、急遽参加できなくなったため、大会2週間前に野村ヘッドコーチを介して打診を受け、一橋大学が参加することとなりました。
 今回の遠征は、エイトのメンバー(浅沼遼平(3C)、伊豫田航(3S)、田村航(3S)、増田創史(2S)、清倉龍真、黒川尚輝、須藤裕人(3C)、佐々木幹太(3H)、多田大樹(3H))と、マネージャーの金澤晃太郎(3H)、引率の季武慶樹先輩(H24卒)の10名で参加いたしました。

表彰式にて

2.参加クルーについて

 一橋大学端艇部は大学生エイトの部で参加いたしました。参加大学は、日本、インドネシア、タイ、台湾、香港、マカオ、中国国内からの14大学でした。
 具体的には、中国文化大学、一橋大学、インドネシア教育大学、武漢理工大学、第四軍医大学、華北水利水電大学、香港浸会大学、西安電子科技大学、中山大学ボートチーム、香港科技大学、同済大学、昆明学院ボートチーム、マカオ理工大学、チュラーロンコーン大学でした。

3.遠征までの準備について(浅沼)

 今回のChina Rowing Openへの参加が決定したのは大会のわずか2週間前でした。そのため様々な準備を2週間の内に行わなければならず、かなり急ぎ足での準備となりました。またここ2年ほど一橋大学端艇部は海外遠征を行っておらず、今の現役部員は海外遠征を行うに当たって準備すべきことがあまり分からなかったので手探りの状態での準備となりました。
 最初にぶつかった大きな問題は、エイトメンバーのほとんどがパスポートを所持していないということでした。パスポートの発行には通常1週間を要しますから、実際に遠征に参加するメンバー全員がパスポートを取得したのは遠征出発のわずか2日前でした。また、それまでに航空券を主催者側で手配しなければならず、その手続きがかなり複雑で時間と手間を要しました。
 そのほかにも、今回遠征した中国の昆明は高地だったため、高山病への対策や道具の準備、旅行保険の加入、練習日程の調整など様々な準備を行いました。しかし代表幹事の金澤や、今回引率してくださったOBの季武様、その他多くの人の尽力により無事に準備を終わらせることができ、また滞りなく遠征を終わらせることができました。

4.1日目(伊豫田)

 朝9時40分に学生メンバー全員で集合して、艇庫を出発しました。成田空港まではJRと京成線を利用しました。12時頃に成田空港駅に到着し、改札を出たところで今回の遠征に帯同してくださる季武さんと合流し、遠征の目的と安全管理について確認しました。その後1時間ほど各自昼食、外貨両替のための時間としました。日本をしばらく離れるということで最後に日本食を食べておきたいところではありましたが、空港に着いたのが飛行機の出発時刻の約2時間半前ということであまり時間的余裕はなかったため、すぐに提供されそうな中華そばのお店に入りました。外貨は場所によってレートが微妙に異なっていたため、最も安かったGPA外貨両替所というところで行いました。この日は1元=18.5円(手数料込み)での取引でした。再び集合し、搭乗手続きに向かいました。
 混雑している印象のある成田空港でしたが、この日は比較的空いており、長時間待つことなくスムーズに手続きを完了することができました。14時過ぎに飛行機に搭乗しました。成田から昆明への直行便はなかったようで、途中で一度アモイという街で乗り継ぎをして向かいます。行きの飛行機はアモイ航空という中国の航空会社のものでした。格安航空ということで座席はかなり窮屈でしたが、機内食などCAによるサービスはかなり充実していました。現地時間の19時頃にアモイに到着しました。着陸前に上空から見た限りですが、かなり発展している都市のようです。少し街に出てみたいところではあったのですが、1時間半後に次の飛行機が出発するということで、急いで手続きに向かいました。中国語に囲まれるというのはほとんどのメンバーにとって初めての体験でしたが、漢字表記なのである程度意味が理解できるところが面白いと感じました。わからないところも英訳を見れば理解できるので、日本語がなくても迷うことなく空港内を移動することができました。
 20時半頃に飛行機がアモイを出発しました。先程の飛行機には日本人もちらほらといたのですが、今回の飛行機は中国人ばかりでした。昆明には24時頃に到着しました。飛行機が昆明に到着した瞬間、中国人はいっせいにスマホを取り出して電話を始めたので、思わず笑ってしまいました。空港で手続きを済ませて、現地のガイドさんと合流しました。ガイドさんは長崎に留学していた経験があるそうで、日本語で話してくれました。空港からホテルまでバスで50分ほどでした。だだっ広い道路を走るバスに揺られながら、車窓が昆明の街を眺めていました。ネオンサインはほとんどが真っ赤で、中国らしさを感じました。ホテルに着くと、部屋と食事の案内を受けました。メンバーは長時間のフライトにより疲弊しており、部屋に着くとすぐに眠りにつきました。
空港にて

5.2日目-ボート面(田村)

 我々はホテルからバスに乗り、コース会場へと向かいました。睡眠時間が4時間弱ということもあり、皆疲労感を漂わせています。10分ほどで会場に到着します。会場は大きな湖で、そこに特設のコースや船台が設置されていました。会場にはエイトやクォドなど船がたくさん置かれており、練習では好きな船を使っていいことになっていました。早速ボートを選びリギングをしようとしましたが、スタッフに5分で済ませるよう言われます。そもそも、船をリギングすることを前提としていないようです。
 そこで我々はデプスだけを変えて岸蹴りすることに。しかしハイトが高く、オールのインボードも長かったため、多くの漕手が漕ぎ辛さを訴えます。公式練習の時間が指定されていたため揚艇せず、そのまま軽くレースアップをして練習を終えました。レースアップ中に他大学のクルーを確認しましたが、皆リギングに苦戦しているのか、漕ぎがバラバラなクルーが散見されました。我々が使った船は、日本でのwintechと同様の船で、オールもwintech製のものでしょうが、スキニーのように感じました。個人的な感覚としては、前で船にダイレクトに力がかからず、戸田で白虎を使用して練習した時との感覚のずれに若干戸惑いました。使用する道具を含め、様々なことでのアジャストメントが求められましたが、翌日の大会に向け、現地の様子を確認することができました。

6.2日目-生活面(増田)

 前日にホテルに着いたのが遅い時間で、7時に朝食を食べねばならなかったため3時間ほどしか寝ることができませんでした。ホテルのレスランに向かいビュッフェスタイルの朝食をいただきました。メニューに関しては中華料理そのものというものは少なく、外国人にもある程度受け入れられるようなメニューが多くありました。しかし中には日本人の口には合わないものもあり、選り好んで食べました。  ホテルから会場まではバスが手配されていました。時間の手違いがあったのか大幅な遅れをもって出発しました。会場までは20分ほどで到着しました。会場はまだ設置中ではありましたが規模が大きいことは見て取れました。そこで公式練習を1時間弱行い、再びバスでホテルに戻りました。昼食も朝食と同じようなホテルのビュッフェスタイルでした。他の招待された大学も同じスケジュールのようであり同じ時間に昼食を食べていました。
 午後は特に予定があったわけではなかったので、部屋で一休みしてから観光に出かけました。有名な観光地があるわけではありませんでしたが、ローカルバスで一駅のところに雲南民族村という観光地がありました。昆明のある雲南省には古くから伝統のある多くの民族が居住しているそうです。昆明はそれらに寛容な態度をとりそれらを源に町おこしをしていようでした。雲南民族村はそのような背景からできたテーマパークと想像します。そこでは民族ごとに区分けされており、彼らの生活が再現されていました。また民族的なお土産を買うことができるお店も多々ありました。中国の地方都市となると海外からの観光客もあまり訪れないからか、英語がほとんど通じませんでした。チケット売り場のスタッフも英語は話せず、使ったのはgoogle翻訳というスマートフォンのアプリでした。
 その後ホテルに戻って夕食を食べました。変わらずビュッフェスタイルでしたが、夕食は日本人の口に合うものがより少なかったように感じました。夕食後、部屋では何人かで集まって最終日に行われるパーティーでの余興の練習をしていました。20時30分に全員が一部屋に集まってミーティングをして、大会の流れ、レース会場の航行ルール、レースの組み合わせも決定していたのでレースのプランを確認しました。そして各部屋に戻り22時頃には消灯しました。
朝食風景

7.3日目-ボート面(清倉)

 レース初日について記述していこうと思います。まず朝ですが、普段の大会と同じように起床後クルー全員で散歩をし、朝食をとりました。その後バスに乗り会場に向かいました。
 次にレース前の準備についてです。レース1,2時間ほど前にあらかじめ決められていた艇の変更があり、そこからリギングに入りました。艇が他のチームとの共用であり運営側はリギングを想定していなかったようで交渉がかなり大変だったようです。時間があまりなかったのでひどい状況にあったハイト、オールのインボードを調整し各自ピンヒルとボトムだけをいじりました。
 リギングが終わった人から陸上でのアップに移っていき出場の登録時間を待ちました。エルゴは置いてありましたが、選手のためにではなく来場者の体験用といった感じでステージ上にありました。それほど人が多いわけではなかったので各自でアップの一環として使いました。エルゴについて説明する係の人がエルゴ一台ごとについており、経験者であることをうまく説明できずドラッグファクターの調整をしたところ戻されてしまったりした人もいたようです。水上でのアップは普段通りのレースアップを行いました。場所が高地であったことによってだと思いますが、少しのUTで息が苦しくなりハイレートも重く感じました。
 ここからはレース本番について書きます。まず時間通りに到着したにもかかわらず発艇所につける際にかなり審判に急かされました。レース開始までのカウントダウンも明らかに短く困惑しました。スタート用意が中国語で言われた為、危うくスタート姿勢に入らないままレースが始まるところでしたが、coxの機転で合図を出してくれたためギリギリ間に合いました。アテンションとゴーの間が極端に短くスタート時かなり焦りもたつきました。その後大きな波が来たことで立て直しもきかずバラバラになりスタートは大失敗しました。ここで武漢理工大学に大きな差をつけられました。コンスタントに入りなんとか立ち直り差を縮めることはできたものの追い抜かすことはできず組で二位になってしまいました。他大のアップでの様子から余裕を持って一位通過ができると思っていたので皆かなりショックを受けていました。
 しかし結局タイム順でギリギリ四位になりFAに滑り込むことが出来ました。悔しさを隠して次の日のレースでタイム一位を取ろうと話していたところだったので、結果が伝えられた時にはクルー全員が驚きながらも安堵した様子でした。初日レースは実力を出し切れず悔しい思いをすることになりましたが、ここで負けたことで次の日のレースに対して気を引き締め、よく準備をして取り組むことは出来たかと思います。以上が初日レースについてです。

8.3日目-生活面(黒川)

 6時に起床し、6時半から散歩をしました。あたりはまだ真っ暗でこの日の気温は中国遠征の中でも一番の寒さでした。7時から朝食でしたが、相変わらずの中華メニューはさすがに飽きてきました。同時にそんなメニューの中でも和食テイストのメニューを見ただけで見分けられるようになってきました。
 そして、試合会場到着したのは8時過ぎでした。警察がたくさんいて、入場するのに金属探知機を通るなど厳重な警備体制でした。音楽が大音量で流れていてお祭りのようでした。その後ガイドさんと合流しました。
 開会式では、大音量の音楽に合わせて楽しく行進しました。日本からは唯一の出場だったためそれなりの歓迎ムードでしたが、昆明関係の団体が入場すると声援が特に大きかったです。開会式が終わり、中国のパフォーマー団体による民族的なパフォーマンスが始まりました。相変わらず音楽の音量が大きかったですが、とても迫力がありました。
 その後、民族衣裳を着た女性と写真を撮ったり、主催企業であるDeep Dive社のマスコットキャラクターであるイルカの着ぐるみと写真を撮ったりしました。イルカの着ぐるみは下から靴が出ていたのと、顔の部分に小さく穴が空いていて中の人の顔が見えていたのが、とても中国らしさを感じさせてくれました。
 会場内を散策していると、1日目のガイドさんと偶然にも巡り会いました。水と魔力という名前の飲み物(スポーツ飲料なのかも不明でした)が無料で配られていて美味しかったです。トイレは移動トイレといってバスの中にあってびっくりしました。また、予選の対戦相手である西安科技大学と写真を撮ったりするなど他の大学とも楽しく交流しました。練習をどのくらいしているのかという質問に対し、週に2回、川で練習していると答えてくれました。
 レース後すぐに昼食をとりました。昼食会場は設営されたテント内で、ゴミがたくさん散乱していてとてもテント内で食べられるような状況ではなく、中国人の雑さを感じました。メニューは相変わらず中華で、日本人には慣れていない香辛料が使われて食べにくかったです。バスに乗ってホテルに到着。ストレッチ・体幹などBCを行い、シャワーを浴びた後は、前日あまり寝付けず疲れのため昼寝しました。昼寝から起きたら18時だったので、すぐに夕食をとりました。食事メニューが毎日ほぼ変わらないのが本当に辛かったです。夕食後は先輩の部屋に集まって、翌日のパーティーで披露する催し物の練習をしました。その後、レースミーテをして就寝しました。明日は絶対優勝するぞ!という気持ちで寝付きました。
 p.s. ボートについての日記を書く担当ではないですが、1000mなのに本当に空気薄くて本当にキツかったです。

9.4日目-ボート面(須藤)

 まず、レースを迎えるにあたっての狙い・目標・注意点について述べていきます。目標は勿論優勝です。狙いは前きちんと捕まえて一気にドライブしていくことです。これは1日目と変わりません。それに加え昨日の反省を踏まえて、スタートで慌てずに一本一本確実に立ち上げてトップスピードにのせてあげることです。中盤以降で疲れてくると、ドライブ中心のリズムを崩しがちなので、足けり等で8人が意識してしっかり戻すことです。
 また、日本と異なる部分(文化??)にも注目することです。具体的には、発艇時間は大体の目安であり、レースに出場するcrewがすべてそろった時点でスタートのコールがかかるので早めに発艇台に着けること。スタートのコールである「ATTENTION GO」のATTENTIONとGOの間が日本に比べて非常に短いので、しっかり反応することです。
 次に、レース展開について書いていきます。1日目より早めにkickし艇上のアップも短めにしたことで、発艇時間より早めにつけることに成功し、心に余裕が感じられたのもあってかスタートの立ち上げが上手くいきました。そこから300mくらいまではトップでしたが、中盤の足けりなどでこちらが艇速を伸ばし切れず、その間に少しリードを許してしまいました。その後ラスト200mのスパートで詰めるも、結果は1位と0.67秒差の2位。非常に悔しい結果となってしまいました。
 レースを振り返ってみると、やはり中盤での伸びの足りなさがそのまま結果に表れてしまいました。これは日本での練習の時からみられた現象だったので、意識してはいましたが、あともう1段階詰めきることができませんでした。ただ、1日目における反省をふまえてそれを2日目で修正できたのは収穫でした。
 また、1800mの高地であるからか、戸田でのレースに比べて非常に呼吸が苦しく感じられました。いくら有酸素能力の向上に高地トレーニングが向いているとはいえ、これは度が過ぎていると感じました。またボートを漕ぐための十分な設備も存在しないため、ここでの高地トレーニングは厳しいように感じました。しかし結果はともかく、慣れない環境下でレースを行い、具体的な成果を出せたことは非常に良い経験となりました。
レース会場

10.4日目-生活面(佐々木)

 3回目の朝食。もう一通り一回は食べてしまったので、自分の口にあっているものだけを食べました。全体を通じて独特の風味があり、その風味がないものが美味しいと感じます。朝食での私のお気に入りは炸春巻と小鍋米線でした。朝食を食べた後は、バスの出発まで時間があったので、部屋で夜のパーティの余興(恋するフォーチュンクッキー)の練習をしました。
 9時になりバスでボート会場へ行きます。この時、道路を眺めていたら3車線からいきなり1車線になる場所があり、そこで割り込み合いが起こっており、中国っぽさを感じました。会場入りして、昨日のレースで使ったオールのブレードがスクエアに水中に入らないということを伝え、なんとか比較的、新しいオールに交換してもらえました。(詳しくはレース1日目、2日目ボート面の担当者が描いてくれると思います。)あまり融通が利かなさそうと思っていたのですが、とりあえず行動してみることは大切だと改めて感じました。
 レースが終わり、閉会式まで時間がありました。ドラゴンボート大会を有志で参加者を募り、開催するとのことだったので一橋は全員参加しました。インドネシアのチームや中国の中山大学なども参加しており、ドラゴンボートという異文化に触れながら、他チームの選手との交流もできて、とても良かったです。
 ドラゴンボート大会が終わると、閉会式がありました。閉会式は、開会式よりもちょっと適当で、それぞれの部門でベスト3は表彰されると言われていましたが、大学生の部を含むいくつかの部門は表彰式がなく、閉会式の後にスタッフにメダルなどを取りに行くという形でした、、、閉会式の中で、中国民族舞踊の方達と選手が一緒に輪になって躍るというものがあって、とても楽しかったです。国や言葉が違っても関係無しに楽しめるのは、素晴らしいことだと感じました。
 閉会式が終わった後は、ホテルへ一回戻り、正装に着替えて夜のパーティです。パーティに関しては担当者が別にいるので、この辺でレース2日目の生活面についての遠征記を終わりたいと思います。
ドラゴンボート大会にて

11.4日目-海外選手との交流(多田)

 閉会式が終わってからパーティー会場への移動バスに乗るまでもともと1時間半ほどしか時間がなくスケジュールはかなりタイトでした。しかし、レース会場からホテルまでのバスが全く来ず、結局30分ほど待ちぼうけとなり漸くバスがやってきました。同じホテルに一橋以外にも何チームか宿泊していたこともあってパーティーの開始時間が30分遅くなると伝えられました。中国人は時間にルーズだというのは本当みたいです。
 バスに乗って会場につくとそこは昆明のインターコンチネンタルホテルでした。ホテルの内装は豪華絢爛で天井からつるされたライトたちはまるでヨーロッパの教会のように輝いていました。パーティーはこのホテルのパーティールームを貸し切って行われるということで、ホテルを見た瞬間から一橋クルーは高揚感を抑えきれずにいました。会場は学校の体育館ほどの広さで、中華の円卓が所狭しと並べられ、前方には大きなステージが設置されています。パーティーでは各大学2~3分程度の出し物を披露するようにと事前に伝えられており、あまりの会場の豪華絢爛ぶりに私たちはこのクオリティーで大丈夫なのかと不安に感じていました。
 このときアクシデントが発生してしまいました。パーティーでのダンス用に渡していたYou tubeのURLが中国では開けないらしいのです。慌てて送ったダウンロード済みの動画も見られない。フォーチュンクッキーをアカペラで踊るのはかなり見栄えが悪いということで一橋は大ピンチでした。この問題が解決できないまま主催者であるDeep Diveの会長の挨拶が終わり、パーティーが開会されます。まず初めは民族衣装をまとったプロのダンサーたちによる民族舞踊と太鼓のパフォーマンス。圧倒的な迫力で会場の心をつかみます。各大学の芸を披露するのはいつなのか、そしてその順番はどうなっているのか全く分からないままパーティーは進行していきます。
 会が進んでゆくと次第に席を離れて他国のチームと交流する人が表れました。はじめに一橋のところに来たのは優勝した台湾代表です。この台湾の動きをきっかけに一橋のクルーも他国のテーブルへと向かい始めワインで乾杯しながら英語で会話を楽しむようになりました。正直英語は得意じゃないし、発音なんて恥ずかしすぎて人前ではしたくない。それでも、自然とへたくそな英語で話しかけたいと思ってしまうくらい暖かくフレンドリーな空気が会場をつつんでいました。海外クルーと話したことはとても有意義でした。この大会にいたかはわからないのですが、台湾のトップの選手のエルゴスコアは6’01”だということ、タイのチームには代表の選手が二人乗っていたこと、海外ではエルゴという言葉は通じずみなマシンローイングタイムということ、などなど多くのことを知ることが出来ました。海外の選手と交流し、いろいろと話をする時間は私にとってこの遠征で最も楽しい経験でしたし、それは多くのチームのメンバーにとってもそうだったと思います。
 そうこうしているうちに金澤の尽力もあって何とか音源の確保に成功し無事にダンスできることになりました。フォーチュンクッキーは海外の人にうけるだろうかと思いながら壇上に上がります。曲が始まるとみんなが反応してくれました。素直に「良かった。知っているみたいだ。」と感じ、AKBの力はすごいなと今更ながら痛感しました。曲が二番になると台湾やインドネシアなどいろいろなチームの選手たちが舞台に乱入してきてみんなで踊り始め、大いに盛り上がりました。一橋とインドネシアのダンスがこの日一番盛り上がりを見せたと思います。
 会場中で学生たちが交流し、沸き立つ中でパーティーはお開きが宣言されみなそれぞれにバスに乗り込んで自分たちのホテルに帰っていきます。この瞬間がとても名残惜しく感じ、そこでまた改めてこのパーティーの楽しさを実感しました。このようなイベントは日本ではほとんどないものですが、とても楽しく、また絶好の交流の場ともなるので是非、日本においても開催してほしいと感じました。
海外選手との交流パーティーにて

12.5日目(金澤)

 深夜に届いていた空港行きのバスの時間が30分早まったというメールによって朝から大慌てでロビーに集合したものの、結局バスは本来の予定時刻である5時30分ごろまでやってきません。伝達ミスなのかバスの遅刻なのかは定かではありませんが、最後にしてここ数日で感じてきた「中国らしさ」を再認識したように思います。幸い余裕をもって空港でのチェックインを済ませることができ、我々を乗せた飛行機は経由地である広州へと向かいます。5時間の滞在中に各自土産物を物色し、昼食を済ませ、日本に向かう飛行機に搭乗しました。途中、昆明で貰った大会の記念品が手荷物検査で引っ掛かるなどのアクシデントはあったものの、一同を乗せた飛行機は無事羽田に到着することができました。こうして5日間の旅を終えた一同の顔には疲れと安堵の色がみえました。

総括

 準備期間を含めても3週間に満たない、極めて短い期間で行われた遠征でしたが、日常することのできない様々な経験をすることができました。海外遠征という思いもよらない提案をいただき、遠征に対する意見を出し合ったこと。パスポートがないという危機的状況の中で季武さんと主催者側との度重なる交渉の上、なんとか遠征実現にこぎつけたこと。十分とは言えない環境の中で準優勝という結果を残せたこと。パーティーで様々な国の選手たちと交流を持つことができたことなど、挙げればきりがありませんが、どれもが貴重な経験となりました。これらの経験を通して得たもの、感じたものというのは各々異なると思います。ただ一つ共通して言えるのは今回の遠征は我々にとって今後大きな糧になるだろうということです。
 また、今回の遠征は多くの人々の支えによって実現へと至りました。この場をお借りして改めて関係者の方々に御礼申し上げます。